行政書士を独学で学び、極貧生活から脱却!

私は、スナックを担当することになりました。スタッフは30代の女性が5名と恰幅のある雇われのママさんと私の計5名で、カウンター5席とテーブル4席のこじんまりとした店内でした。私の仕事は、主にお通し作りとスタッフの出勤管理、お店の清掃、お会計など接客以外のすべてを任されていました。
特別忙しい店でもなく、お客さんが多くても7~8組、少なければ1組も入らないこともざらでした。
夜の7時に店に出て、夜中の3時に終わる、お客さんがいる時は、遅くなる時がありますが、基本的には毎日決まった時間ではじまり、終わるこの繰り返しでした。

ですので、特に仕事の疲れがなく、昼間はたっぷりと行政書士の勉強に当てられましたね。
テキスト3冊と問題集3つを片手に毎日3~4時間程度の勉強、高校時代バイトしていた行政書士事務所の人にアドバイスを貰いながら約6ヶ月間続けることができました。
正直どのように勉強していけばよいかわからなかったので、テキストと問題集をひたすらやり続け、合格できるという自身もついてきました。

そんな最中一つの事件が!当時まだ父と一緒に暮らしていたのですが、相変わらず生活はずさんで、お酒とパチンコの毎日。
生活保護のお金では足りないらしく、「もっと生活費を増やしてくれ」と私にお金を要求するようになってきました。
一人で暮らすのに生活保護のお金で十分なのに、働き出してまもない19の息子にお金を要求する身勝手さに苛立ちが頂点に立とうとしていました。
それでもその時は、とりあえず「それじゃ今月から5万円にする!ただしこれ以上はもう増やさないからなぁ!」とその場は収めました。
しかし、その月の給料日の翌日、起きたら父が家からいなくなっていました!はじめは、パチンコにでもいったのかと思っていましたが、いつまでたっても帰ってきません。

まさかと思い!机にしまっておいた給料袋を見るとお金が全てなくなっていました。
その翌日も翌々日も帰ってくることはなく、さすがに私も愛想を尽かし、家を出ることを決心しました。
お店のオーナーから引越し代と取られた1ヶ月の分の給料を借り、一人暮らしをはじめることとなりました。この事件から2年間、父とは音信不通になってしまいました。

それからしばらくたち遂に行政書士試験当日を迎えました。
気分はルンルンで、この資格が取れれば行政書士になり、「たくさんお金を稼ぐぞぉ~」と希望に満ち溢れて試験を受けました。

が、結果はあっけなく不合格!結果を見るまでもないくらい、玉砕されてしまいました。
ほとんど解けず、それどころか見たことのないような問題ばかり。あれだけ勉強したのに「何故なんだぁ~」と当時は原因もわからずじまいでした。
今なら原因は独学という勉強法と教材が悪かったことがわかりますが、あの時は本当に理解に苦しみました。
しばらく落ち込み、再度行政書士に挑戦する気持ちが起きず、仕事も手付かずだった記憶があります。

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